恋愛小説
村上春樹のエルサレムでのスピーチ、「私は常にたまごの側に立つ」に感激したので、著書「スプートニクの恋人」と「東京奇憚」を読んだ。
この二冊に特別な興味があった訳ではない。
「スプートニクの恋人」は題名が奇妙であることと、厚さが手ごろだったから、といういいかげんな理由だ。
小説などを読むのは何年ぶりだろう?
途中で投げ出したら350円(ブックオフで購入)がもったいない、と読み始めると「するり」と読み終えてしまった。
「するり」といっても、物語に深く引き込まれたわけでもない。
村上流の構成の巧みさに感心したり、「言い回し」や「比喩」の豊富さに驚いたりと、本質的でないところで恐れいったりしたものの、恋愛小説に胸をときめかせるには年をとりすぎてしまったのかも・・、といささか寂しい感想。
文学少年だった頃は、小説などを夢中で読んでいると、家族から声をかけられても気づかないことがあった。
トイレに行くため中断するのがいやで、ぎりぎりまでガマンしたことも常だった。
あの頃の集中力、没入力?は、今は昔。
この二冊に特別な興味があった訳ではない。
「スプートニクの恋人」は題名が奇妙であることと、厚さが手ごろだったから、といういいかげんな理由だ。
小説などを読むのは何年ぶりだろう?
途中で投げ出したら350円(ブックオフで購入)がもったいない、と読み始めると「するり」と読み終えてしまった。
「するり」といっても、物語に深く引き込まれたわけでもない。
村上流の構成の巧みさに感心したり、「言い回し」や「比喩」の豊富さに驚いたりと、本質的でないところで恐れいったりしたものの、恋愛小説に胸をときめかせるには年をとりすぎてしまったのかも・・、といささか寂しい感想。
文学少年だった頃は、小説などを夢中で読んでいると、家族から声をかけられても気づかないことがあった。
トイレに行くため中断するのがいやで、ぎりぎりまでガマンしたことも常だった。
あの頃の集中力、没入力?は、今は昔。
"恋愛小説" へのコメントを書く